天文台天声人语

By admin in 天文台 on 2018年12月14日

天かけるコザイ星

古在行星 划过天际

今月、89歳で亡くなった天文てんもん学者古在由秀(こざいよしひで)さんの家系図かけいずを見て驚く。母方ははかたの祖父の弟は元首相幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)氏。父方の祖父は元東京帝大総長。苦労知らずの人生を想像させるが、実は陰影いんえいの多い少年時代を送った
本月天文学家古在由秀先生去世,享年89夏。笔者翻看了他的家谱后备受震。其外公的堂哥是前首相币原喜重郎先生,祖父曾担纲日本首都帝国高校之校长。那被人口想到他终身应该无忧无虑,但事实上他的少年时代却稍微坎坷。

▼古于さんから聞き取りをした天文专家の高橋慶太郎・熊本大准讲师によると、小2の年、鉄道技師だった父が病に倒れ、亡くなるまで10年床に伏した。頼みの叔父由重(よししげ)氏(农学者)は一度ならず治安ちあん維持法で検挙される。世間せけんの目に耐たえ、母は喪服もふくも買えなかった。

天翻译家和熊本大学副讲师高桥庆太郎已听古在由秀先生说从他的经历。据他们所陈述,古在由秀小学2年级时,担任铁路技术员的大叔不幸患,卧床10年以至死亡。照看他的老三父古川由再先生(思想家)因违反治安维持法被办案数糟糕。他径直受着世人异样的眼神,三姨还连丧服都采购无从。

▼東大では弟らを養やしなうため家庭教師に励はげみ、物理の単位たんいを落とす。不人気な天体力学を専門にしたのは「五輪でいえば大競技場での活躍をあきらめ、観客の少ない種目を狙ねらった」から。星の動きを計算する地道じみちな仕事を好んだ。

当日本首都大学期间,他为养活堂哥等忙于家教,导致物理挂科。之所以采用冷门的天体力学作为标准,是盖“假如因而奥运会来比喻的讲话,我就是如丢弃了于巨型运动场上一展身手的空子、观众较少的竞赛项目。”他热衷总括星体转动这么些实在稳重的行事。

▼人生の軌道きどうが変わったのは1957年、ソ連が人工衛星スプートニクを打ち上げてからである。衝撃しょうげきを受けた美利坚联邦合众国は気鋭きえいの学者を呼びよせ、古在さんはボストンの天文台で探究に没頭する。人工衛星の軌道を割り出す「コザイの式」で脚光きゃっこうを浴びた.
1957年,苏联发射了人造卫星斯帕特尼克(Nick),他的人生轨迹因而开班发改变。备受打击的花旗国邀请了部分斗志满满的家,古在由秀先生以布加勒斯特天文台埋头研商。他坐推算出总括人造卫星的则公式“古在公式”,备受世人瞩目。

▼『月』『天理学のすすめ』など良著を多く世に出した。どれも宇宙の魅力を伝えたいという情熱じょうねつに満ちている。「地球の形は洋ナシ」「30億年前、月は壊れそうなほど地球に近づいた」「100億年以上たつと地球にも環(わ)ができるかも」

外尚展现有《月》、《天管医学的上扬》等多总统非凡创作。那些做中还蕴涵着他需要向世人显示宇宙魅力的欣然自得。“地球之象是洋梨”、“30亿年前,月球距地之近几毁灭”“100亿年过后地球或许也可以上圆形旋转”。

▼伸びやかな宇宙解説がどれほど多くの天文ファンを生んだことか。その名を付した小惑星3040胡「コザイ」はいま、火星軌道あたりを回っている。

这些轻松愉快的天体讲解发生了聊天文迷啊。现在,以他的名字命名的小行星第3040号“古在”正于火星轨道附近转着。

【天声****单词****】

△陰影(いんえい⓪):(名)阴影(薄暗いかげ、くもり);含蓄,耐人寻味之地点(転じて、平板でなく深みのあること。ニュアンス)

△単位(たんい①):(名)学分(高等学校、学院で、学習量を測る基準);团体、协会的着力部门(一つの集団、組織などを構成する基本的なひとまとまり);总计单位(長さ、時間などを計る時の基準となるもの)

△地道(じみち⓪):(名,形动)踏实(手固く着実な態度);质朴(素朴)

△気鋭(きえい②):(名)朝气蓬勃(気力があって、意気込みが鋭いこと。)

△脚光を浴びる(きゃっこうをあびる):演员上场,初露头角

【背景音讯****】

**1、訃報 **

古在由秀さん89歳=国立天文台初代台長

毎日新聞二〇一八年一月12日 18時39分(最終更新 8月12日 21時46分割)

古在由秀さん89歳(こざい・よしひで=国立天文台初代台長)5日、肝不全のため死去。葬儀は親族で営んだ。喪主は妻美音(みね)さん。

人工衛星の軌道を計算する「コザイの式」を編み出し、人工衛星の軌道の乱れから地球の形を調べる「衛星測地学」を創始するなど、天体力学の世界的な業績で知られる。88年に設立された国立天文台の初代台長。同年から3年間、国際天农学連合会長を日本人口として初めて務めた。ハワイのすばる望遠鏡の建設にも尽力。97年から群馬県立ぐんま天文台長を務めた。79年に恩賜賞・东瀛士院賞、02年に勲二等瑞宝章。09年に文化功労者。

2、幣原喜重郎 しではら-きじゅうろう

1872-1951 大正-昭和時代の外交官,革命家。

明治5年8月11日生まれ。岩崎弥太郎の娘婿。幣原坦(たいら)の弟。駐米大使をへて,ワシントン会議全権委員となる。大正末から昭和早期にかけて第1・第2赖加藤高明,第1赖若槻,浜口,第2潮若槻内閣の外相となり,対英米協調を旨とする幣原外交を展開。昭和20年首相となり,憲法改革にあたった。24年衆議院議長。昭和26年一月10日良去。78歳。阿塞拜疆巴库出身。帝国高校算是。作品に「外交五十年」。

3、天文台

扶桑で天文台が出来たのは、17世紀末の徳川幕府の天文台で、それが浅草(台東区浅草橋三丁目)に移ったのは1782年です。ここで暦を作るのに必要な天体観測を行い、その暦を配布し、また日の出、日の入りの時刻を、鐘を鳴らして人々に知らせていました。

明治になって、1888年に東京天文台が麻布飯倉に創立され、三鷹に移り、現在では国立天文台として、ハワイに口径8.2mの望遠鏡も運用しています。

天文台,起点:朝日音讯

朗读:小妖精 巧丽

注音:吕雪梅

单词整理:吕雪梅

背景材料整理:蛋黄派

翻译:Hochan22

后期:恩惠

责编:孙鹏轩

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